ニュースリリース

避難訓練講評

2学期が始まり、9月5日(金)までが「防災週間」になっていることもあり、避難訓練を実施しました。以下のとおり避難訓練講評の概要を掲載します。

 

【避難訓練講評】

本日の避難訓練の講評も兼ねて少しお話します。

 

避難訓練では、1秒遅れることが命取りになってしまいます。今日の訓練では、全ての報告が完了し、皆さんの無事が確認できる までの時間は、6分32秒でした。 昨年度は、7分9秒でしたので、昨年よりも、ちじまりましたので、訓練の成果と評価できるでしょう。 

 

さて、災害から命を守る一番簡単で一番シンプルな対策は、何かあったら避難するということです。避難したくても、避難できずに亡くなってしまった方がいることが実際ありました。

 

阪神・淡路大震災について、お話しします。

平成7年(1995年)1月17日(火)午前5時46分、淡路島北部を震源地とする地震が発生。東北地方から九州地方まで広い範囲で揺れ、国内で史上初めてとなる「震度7」を記録しました。この年の2月、政府は「阪神・淡路大震災」という呼称を決めました。

発生場所は北緯34度36分、東経135度02分。震源の深さ16kmで、地震の規模を示すマグニチュードは7.3でした。大阪府北西部から兵庫県の淡路島にかけて位置する活断層の一部がずれ動いたことで発生した大地震は、近畿地方を中心に広い範囲で揺れを記録しました。

地震後の気象庁は現地調査で、当初、震度6とされた地域のうち、淡路島のほか、神戸市、芦屋市、西宮市、宝塚市のそれぞれ一部地域で震度7の揺れに相当することが判明したと発表しました。

 

都市部で起きた直下型地震は甚大な被害をもたらしました。その後の発表では、約63万棟の住宅が被害を受け、6434人が犠牲になりました。亡くなった人のほとんどが避難することができず、家屋の倒壊や家具などの転倒によるものでした。また、時間がたってから疲労やストレスで亡くなる人も多くいました。

 

阪神・淡路大震災では全国からボランティアが駆けつけました。地震発生から1年間で延べ約137万人のボランティアが活動。食料や物資の配給をはじめ、避難所での炊き出しや仮設住宅での見守りなどの活動に当たりました。地震の起きた平成7年は災害ボランティアの重要性が広く認識され「ボランティア元年」と言われています。

今から30年前に起きた阪神・淡路大震災ですが、現在は復興を遂げています。

 

関東大震災は、1923年9月1日にマグニチュード7.9と推定され、死者105,385人、全潰全焼流出家屋は293,387の被害が発生しました。今年は2025年、関東大震災から丁度102年後になります。

 

近年頻発する豪雨や、猛暑、台風などの異常気象も含め、「天災は忘れた頃にやって来る」のでなく、今や「いつでもやって来る」ことを自覚しないわけにはいきません。

 

想定を超えた災害の常態化を前提に「自分は大丈夫」という過信を捨てることが不可欠です。命を守るために最も大事なのは、早く安全な場所に逃げることです。

 

南高生の皆さん、災害発生時には、率先避難者として勇気ある行動を期待します。以上で講評とします。